純文学
芸術性・文学性を重視する小説。芥川賞の対象領域。
434 名
- 青木淳悟あおきじゅんご構成の実験を続ける作家。『私のいない高校』で第25回三島由紀夫賞。1979–
- 青波杏あおなみあん『楊花の歌』で小説すばる新人賞。近代遊廓を研究する研究者でもある。1976–
- 青野暦あおのこよみ「穀雨のころ」で第126回文學界新人賞。詩人。1992–
- 青山光二あおやまこうじ任侠小説の書き手。90歳で「吾妹子哀し」により川端康成文学賞。1913–2008
- 青山真治あおやましんじ映画監督。『ユリイカ EUREKA』で第14回三島由紀夫賞。1964–2022
- 青山七恵あおやまななえ『ひとり日和』で第136回芥川賞。川端康成文学賞は史上最年少で受賞した。1983–
- 青山美智子あおやまみちこ本屋大賞に5年連続でノミネート。2021・2022年は2位。1970–
- 赤木和雄あかぎかずお「神キチ」で第41回新潮新人賞。1979–
- 赤坂真理あかさかまり『ミューズ』で第22回野間文芸新人賞。芥川賞候補2回。1964–
- 赤染晶子あかぞめあきこ『乙女の密告』で第143回芥川賞。京都の女子大を舞台にした一作。1974–2017
- 赤松りかこあかまつりかこ獣医師。「シャーマンと爆弾男」で第55回新潮新人賞。1977–
- 阿川佐和子あがわさわこエッセイスト・インタビュアー。『スープ・オペラ』で第19回山本周五郎賞候補。1953–
- 芥川龍之介あくたがわりゅうのすけ『羅生門』『鼻』。芥川賞にその名を残す短編の名手。1892–1927
- 朝井リョウあさいりょう『何者』で第148回直木賞、『イン・ザ・メガチャーチ』で2026年本屋大賞。1989–
- 浅尾大輔あさおだいすけ「家畜の朝」で第35回新潮新人賞。1970–
- 淺川継太あさかわけいた『ある日の結婚』で第36回野間文芸新人賞候補。1979–
- 朝倉祐弥あさくらゆうや「白の咆哮」で第28回すばる文学賞。1977–
- 浅田優真あさだゆうまデビュー作「親切な殺人」で第47回野間文芸新人賞候補。
- あさのあつこあさのあつこ『バッテリー』で児童文学の枠を超えて読まれた。青春小説から時代小説まで書く。1954–
- 朝比奈秋あさひなあき『サンショウウオの四十九日』で第171回芥川賞。医師として働きながら執筆する。1981–
- 朝吹真理子あさぶきまりこデビュー2作目「きことわ」で第144回芥川賞。近世歌舞伎を研究した。1984–
- 麻布競馬場あざぶけいばじょう「タワマン文学」で注目された覆面作家。『令和元年の人生ゲーム』で直木賞候補。1991–
- 東浩紀あずまひろき批評家。初の単著小説『クォンタム・ファミリーズ』で第23回三島由紀夫賞。1971–
- 安達千夏あだちちかすばる文学賞から出発。芥川賞・三島賞の候補。1965–
- 足立陽あだちよう「島と人類」で第38回すばる文学賞。1978–
- 安壇美緒あだんみお『ラブカは静かに弓を持つ』が2023年本屋大賞2位。1986–
- 阿部暁子あべあきこ『カフネ』で2025年本屋大賞。ライトノベル出身の作家。1985–
- 阿部和重あべかずしげ『グランド・フィナーレ』で第132回芥川賞。故郷・神町を舞台にした長篇でも知られる。1968–
- 天埜裕文あまのひろふみ携帯電話で書いた『灰色猫のフィルム』で第22回三島賞候補。1986–
- 飴屋法水あめやのりみず現代美術家・演出家。『彼の娘』で第31回三島由紀夫賞候補。1961–
- 綾木朱美あやきあけみ「アザミ」で第68回群像新人文学賞に当選。1995–
- 有賀未来ありがみく高校3年で「あなたが走ったことないような坂道」により第57回新潮新人賞。2007–
- 有吉玉青ありよしたまお有吉佐和子の長女。『キャベツの新生活』で第16回三島由紀夫賞候補。1963–
- 安堂ホセあんどうほせ『DTOPIA』で第172回芥川賞。3年連続で芥川賞候補となり受賞に至った。1994–
- 飯塚朝美いいづかあさみ「クロスフェーダーの曖昧な光」で第40回新潮新人賞。1983–
- 伊井直行いいなおゆき『さして重要でない一日』で第11回野間文芸新人賞。芥川賞候補4回。1953–
- 生田紗代いくたさよ大学4年で「オアシス」により第40回文藝賞。青春小説を書く。1981–
- 伊佐山ひろ子いさやまひろこ女優として出発し、小説も書く。『海と川の匂い』で第24回三島賞候補。1950–
- いしいしんじいしいしんじ寓話的な長編を書き継ぐ。三島賞候補6回、『チェロ湖』で第62回谷崎潤一郎賞。1966–
- 石井遊佳いしいゆうか『百年泥』で第158回芥川賞。インドで日本語教師として働きながら執筆。1963–
- 石倉真帆いしくらまほ「そこどけあほが通るさかい」で第62回群像新人文学賞。全編が関西弁で綴られる。
- 石黒達昌いしぐろたつあき医師でもある作家。芥川賞候補4回。1961–
- 石沢麻依いしざわまい『貝に続く場所にて』で第165回芥川賞。デビュー作での受賞。1980–
- 石田衣良いしだいら『4TEEN』で第129回直木賞。「池袋ウエストゲートパーク」シリーズで知られる。1960–
- 石田夏穂いしだかほ会社員として働きながら書き、芥川賞候補2回・野間文芸新人賞候補2回。1991–
- 石田千いしだせん下町の暮らしを綴るエッセイストにして小説家。芥川賞候補3回。1968–
- 石原燃いしはらねん劇作家として活動し、初の小説『赤い砂を蹴る』で第163回芥川賞候補。1972–
- 磯﨑憲一郎いそざきけんいちろう『日本蒙昧前史』で第56回谷崎潤一郎賞。『終の住処』で芥川賞も受賞している。1965–
- 板垣真任いたがきまさと「トレイス」で第119回文學界新人賞。アメリカ文学研究者。1990–
- 市川沙央いちかわさおう『ハンチバック』で第169回芥川賞。読書バリアフリーを問うた作品が世界各国で翻訳。1979–
- 市川拓司いちかわたくじ『いま、会いにゆきます』。第2回本屋大賞10位。1962–
- 一木けいいちきけい「女による女のためのR-18文学賞」読者賞からデビュー。第47回吉川英治文学新人賞候補。1979–
- 一穂ミチいちほみち『ツミデミック』で第171回直木賞。コロナ禍の市井の人々を描いた短編集。1978–
- いとうせいこういとうせいこう日本語ラップの先駆者。東日本大震災の死者の声を書いた『想像ラジオ』で第35回野間文芸新人賞。1961–
- 伊藤たかみいとうたかみ「八月の路上に捨てる」で第135回芥川賞。児童文学も手がける。1971–
- 伊藤比呂美いとうひろみ『ラニーニャ』で第21回野間文芸新人賞。詩人。1955–
- 井戸川射子いどがわいこ『この世の喜びよ』で第168回芥川賞。詩人としても中原中也賞を受賞。1987–
- 絲山秋子いとやまあきこ「沖で待つ」で第134回芥川賞、『薄情』で第52回谷崎潤一郎賞。群馬を拠点に書く。1966–
- 稲葉真弓いなばまゆみ詩から小説へ。志摩半島を書き継いだ『半島へ』で第47回谷崎潤一郎賞。1950–2014
- 戌井昭人いぬいあきと劇団「鉄割アルバトロスケット」の作家・俳優。芥川賞候補5回を経て第38回野間文芸新人賞。1971–
- 伊吹有喜いぶきゆき『雲を紡ぐ』で第8回高校生直木賞。直木賞候補3回、山本周五郎賞候補2回。1969–
- 今村友紀いまむらともき『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』で第48回文藝賞。のち実業家に転じた。1986–
- 今村夏子いまむらなつこ『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞。日常の違和感を淡々と描く。1980–
- 井村恭一いむらきょういち『ベイスボイル・ブック』でファンタジーノベル大賞。第132回芥川賞候補。1967–
- 伊与原新いよはらしん『藍を継ぐ海』で第172回直木賞。地球惑星科学の研究者出身で、科学を軸に物語を描く。1972–
- 李龍徳いよんどく『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』で第42回野間文芸新人賞。在日韓国人3世。1976–
- 伊良刹那いらせつな17歳で「海を覗く」により第55回新潮新人賞。同賞の史上最年少。2005–
- 岩井圭也いわいけいや『われは熊楠』で第171回直木賞候補。山本周五郎賞にも候補入り。1987–
- 岩城けいいわきけいオーストラリア在住。異国で言葉を得ていく人々を書く。1971–
- 岩阪恵子いわさかけいこ『ミモザの林を』で野間文芸新人賞、「雨のち雨?」で川端康成文学賞。1946–
- 上田岳弘うえだたかひろ『ニムロッド』で第160回芥川賞。IT企業に勤めながら執筆した。1979–
- 宇佐見りんうさみりん『推し、燃ゆ』で第164回芥川賞。21歳での受賞は史上3番目の若さ。1999–
- 内田ミチルうちだみちる広島の方言で書いた「赤いベスト」で第57回新潮新人賞。1987–
- 内村薫風うちむらくんぷう『MとΣ』所収の表題作で第153回芥川賞候補。1969–
- 海猫沢めろんうみねこざわめろんライトノベルから純文学まで越境する。野間文芸新人賞候補2回。1975–
- 江國香織えくにかおり『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞。山本周五郎賞・谷崎潤一郎賞も受けた。1964–
- 円城塔えんじょうとう物理学の博士号を持つ作家。「道化師の蝶」で第146回芥川賞。SFと純文学を往復する。1972–
- 大泉芽衣子おおいずみめいこ「夜明けの音が聞こえる」で第25回すばる文学賞。1973–
- 大江健三郎おおえけんざぶろう『飼育』で芥川賞、1994年にノーベル文学賞を受賞。1935–2023
- 大鋸一正おおがかずまさ『緑ノ鳥』が第14回三島由紀夫賞候補。1964–
- 大崎善生おおさきよしお将棋雑誌の編集長から作家へ。『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治文学新人賞。1957–2024
- 大城立裕おおしろたつひろ沖縄初の芥川賞作家。『カクテル・パーティー』。1925–2020
- 大田ステファニー歓人おおたすてふぁにーかんと『みどりいせき』で2024年三島由紀夫賞。デビュー作での受賞。1995–
- 大谷朝子おおたにあさこ「がらんどう」で第46回すばる文学賞。1990–
- 太田靖久おおたやすひさ「ののの」で第42回新潮新人賞。書店「ブックマート川太郎」店主。1975–
- 大久秀憲おおひさひでのり「ロマンティック」で第24回すばる文学賞。1972–
- 大森兄弟おおもりきょうだい実の兄弟2人による共作。芥川賞・野間文芸新人賞の候補。
- 岡崎祥久おかざきよしひさ「現代のプロレタリア文学」と評される。芥川賞候補3回。1968–
- 岡田利規おかだとしき『ブロッコリー・レボリューション』で2022年三島由紀夫賞。劇団チェルフィッチュ主宰。1973–
- 岡田智彦おかだともひこ『キッズ・アー・オールライト』で第39回文藝賞。小学校教師。1973–
- 岡本学おかもとまなぶ情報工学の研究者として働きながら書き、『アウア・エイジ』で第163回芥川賞候補。1972–
- 小川糸おがわいと『食堂かたつむり』でデビュー。本屋大賞に4度ノミネート。1973–
- 小川洋子おがわようこ『妊娠カレンダー』で芥川賞、『博士の愛した数式』で第1回本屋大賞。1962–
- 荻世いをらおぎよいをら大学在学中に「公園」で第43回文藝賞。映画の監督・脚本も手がける。1983–
- 荻原浩おぎわらひろし『海の見える理髪店』で第155回直木賞。5度目の候補で受賞に至った。1956–
- 奥泉光おくいずみひかる「石の来歴」で第110回芥川賞、『東京自叙伝』で第50回谷崎潤一郎賞。芥川賞選考委員。1956–
- 奥田亜希子おくだあきこ『左目に映る星』で第37回すばる文学賞。1983–
- 奥田英朗おくだひでお『空中ブランコ』で第131回直木賞。伊良部シリーズで知られる。1959–
- 奥田真理子おくだまりこ「ディヴィジョン」で第109回文學界新人賞。1972–
- 奥野紗世子おくのさよこ「逃げ水は街の血潮」で第124回文學界新人賞。1992–
- 尾崎世界観おざきせかいかんクリープハイプのボーカルとして活動しながら小説を書き、芥川賞候補2回。1984–
- 長部日出雄おさべひでお「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」で第69回直木賞。津軽を書き続け、太宰治・棟方志功の評伝でも知られる。1934–2018
- 押切もえおしきりもえファッションモデルから小説家へ。『永遠とは違う一日』で第29回山本周五郎賞候補。1979–
- 織田みずほおだみずほ「スチール」で第26回すばる文学賞。1965–
- 小野寺史宜おのでらふみのり『ひと』が2019年本屋大賞2位。1968–
- 小野正嗣おのまさつぐ『九年前の祈り』で第152回芥川賞。仏文学者としても活動する。1970–
- 小山田浩子おやまだひろこ『穴』で第150回芥川賞。広島に暮らし、日常の裂け目を描く。1983–
- 恩田陸おんだりく『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞。ピアノコンクールを描いた長編。1964–
- 温又柔おんゆうじゅう台湾生まれ・日本語育ち。芥川賞候補、野間文芸新人賞候補。1980–
- 角田光代かくたみつよ『対岸の彼女』で第132回直木賞。『源氏物語』の現代語訳も手がける。1967–
- 鹿島田真希かしまだまき文藝賞・三島賞・芥川賞を制した。「冥土めぐり」で第147回芥川賞。1976–
- 桂望実かつらのぞみ『県庁の星』で第3回本屋大賞9位。1965–
- 加藤シゲアキかとうしげあき『オルタネート』で2021年吉川英治文学新人賞。NEWSのメンバーとしても活動。1987–
- 加藤秀行かとうひでゆきコンサルティング会社勤務を経て作家に。芥川賞候補2回。1983–
- 門脇大祐かどわきだいすけ「黙って喰え」で第44回新潮新人賞。1985–
- 金子薫かねこかおる『双子は驢馬に跨がって』で第40回野間文芸新人賞。寓話的な世界を組み立てる。1990–
- 金子玲介かねこれいすけデビュー作『死んだ山田と教室』が2025年本屋大賞9位。1993–
- 金城一紀かねしろかずき『GO』で第123回直木賞。脚本・漫画原作も手がける。1968–
- 金城孝祐かねしろこうすけ「教授と少女と錬金術師」で第37回すばる文学賞。1985–
- 金原ひとみかねはらひとみ「蛇にピアス」で第130回芥川賞。綿矢りさとの同時受賞は当時最年少記録となった。1983–
- 上村亮平かみむらりょうへい「みずうみのほうへ」で第38回すばる文学賞。1978–
- 上村渉かみむらわたる「射手座」で第107回文學界新人賞。1978–
- 亀山郁夫かめやまいくおドストエフスキー研究者・翻訳者。『新カラマーゾフの兄弟』で三島賞候補。1949–
- 川上弘美かわかみひろみ「蛇を踏む」で第115回芥川賞、『センセイの鞄』で第37回谷崎潤一郎賞。1958–
- 川上未映子かわかみみえこミュージシャンから小説へ。「乳と卵」で第138回芥川賞、『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞。1976–
- 川口俊和かわぐちとしかず舞台を小説化した『コーヒーが冷めないうちに』が世界30か国以上で翻訳された。1971–
- 河﨑秋子かわさきあきこ『ともぐい』で第170回直木賞。北海道で羊飼いを経て作家となった。1979–
- 川崎徹かわさきとおる1980年代を代表するCMディレクター。『猫の水につかるカエル』で野間新人賞候補。1948–
- 川野芽生かわのめぐみ歌人として歌壇賞を受賞し、小説「Blue」で第170回芥川賞候補。1991–
- 川端裕人かわばたひろと元テレビ記者。科学ノンフィクションと小説を書く。1964–
- 川端康成かわばたやすなり『雪国』『伊豆の踊子』。日本人として初めてノーベル文学賞を受賞。1899–1972
- 川村元気かわむらげんき『君の名は。』などの映画プロデューサー。本屋大賞に2度ノミネート。1979–
- 川本直かわもとなお『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』で読売文学賞。第35回三島由紀夫賞候補。1980–
- 木崎みつ子きざきみつこデビュー作「コンジュジ」で芥川賞・野間文芸新人賞の候補に。1990–
- 木皿泉きざらいずみ脚本家夫婦の共同ペンネーム。『さざなみのよる』が2019年本屋大賞6位。
- 岸政彦きしまさひこ社会学者として沖縄・生活史を研究しながら小説を書く。三島賞候補3回。1967–
- 北岡耕二きたおかこうじ電通を定年退職後、「わたしの好きなハンバーガー」で第94回文學界新人賞。1935–
- 北野道夫きたのみちお「関東平野」で第148回芥川賞候補。1984–
- 喜多ふありきたふあり「けちゃっぷ」で第45回文藝賞。
- 木村紅美きむらくみ『熊はどこにいるの』で第61回谷崎潤一郎賞。芥川賞候補2回。1976–
- 木村友祐きむらゆうすけ南部弁で東北を描く。「幼な子の聖戦」で第162回芥川賞候補。1970–
- 久栖博季くずひろき「貝殻航路」で第174回芥川賞候補。北海道在住。1987–
- 楠見朋彦くすみともひこ歌人でもある小説家。第133回芥川賞候補。1972–
- 九段理江くだんりえ『東京都同情塔』で第170回芥川賞。生成AIを作中に取り込んだ手法が話題を呼んだ。1990–
- くどうれいんくどうれいん歌人・エッセイストとして活動し、「氷柱の声」で第165回芥川賞候補。1994–
- 窪美澄くぼみすみ『夜に星を放つ』で第167回直木賞。人の心の揺らぎを描く短編に定評。1965–
- 熊谷達也くまがいたつや『邂逅の森』で直木賞と山本周五郎賞を同時受賞。マタギを書く。1958–
- 倉数茂くらかずしげる『名もなき王国』で第32回三島由紀夫賞候補。1969–
- 栗田有起くりたゆき芥川賞候補3回。手仕事を書く。1972–
- 栗原知子くりはらともこ詩人として活動したのち、『フェイスウォッシュ・ネクロマンシー』で太宰治賞。1975–
- 車谷長吉くるまたにちょうきつ私小説作家。『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞。1945–2015
- グレゴリー・ケズナジャットぐれごりーけずなじゃっと英語を母語としながら日本語で小説を書く。芥川賞候補2回。1984–
- 黒川創くろかわそう思想評論と小説を並行して書く。三島由紀夫賞候補5回・芥川賞候補2回。1961–
- 黒川卓希くろかわたかき「世界地図、傾く」で第54回新潮新人賞。1996–
- 黒田晶くろだあきら『メイド イン ジャパン』で文藝賞。第16回三島由紀夫賞候補。1977–
- 黒田夏子くろだなつこ『abさんご』で第148回芥川賞。75歳での受賞は同賞史上最年長。1937–
- 黒名ひろみくろなひろみ「温泉妖精」で第39回すばる文学賞。1968–
- 劇団ひとりげきだんひとりお笑い芸人。『陰日向に咲く』で第4回本屋大賞8位。1977–
- 玄月げんげつ「蔭の棲みか」で第122回芥川賞。1965–
- 玄侑宗久げんゆうそうきゅう「中陰の花」で第125回芥川賞。臨済宗の僧侶でもある。1956–
- 小池昌代こいけまさよ詩人として出発し小説へ。野間文芸新人賞候補3回。1959–
- 小池水音こいけみずね「息」「あなたの名」で三島由紀夫賞候補2回。1991–
- 小泉綾子こいずみあやこ「無敵の犬の夜」で第60回文藝賞。1985–
- 小祝百々子こいわいももこ「こどもの指につつかれる」で第114回文學界新人賞。1979–
- 鴻池留衣こうのいけるい『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』で第160回芥川賞候補。1987–
- 河野多惠子こうのたえこ『蟹』で芥川賞。谷崎潤一郎の読み手としても知られる。1926–2015
- 小砂川チトこさがわちと『ゾンビ回収婦』で第175回芥川賞。3度目の候補で受賞に至った。1990–
- 児玉雨子こだまあめこアイドルへの作詞で知られ、「##NAME##」で第169回芥川賞候補。1993–
- 小林エリカこばやしえりか放射能や戦争の記憶を主題に、小説とマンガの両方で書く。三島賞候補2回。1978–
- 駒田隼也こまだじゅんや書店員として働きながら「鳥の夢の場合」で群像新人文学賞、そのまま芥川賞候補に。1995–
- 古谷田奈月こやたなつき『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞。前年には『無限の玄』で三島賞。1981–
- 小谷野敦こやのあつし比較文学者。私小説で芥川賞候補2回。1962–
- 坂口恭平さかぐちきょうへい建築家・作家・画家。『徘徊タクシー』で第27回三島由紀夫賞候補。1978–
- 坂崎かおるさかさきかおる『箱庭クロニクル』で2025年吉川英治文学新人賞。芥川賞候補にも2度選ばれた。1984–
- 坂本湾さかもとわんデビュー作『BOXBOXBOXBOX』でいきなり第174回芥川賞候補。1999–
- 佐川光晴さがわみつはる食肉処理場で働きながら書いた。芥川賞候補5回。1965–
- 向坂くじらさきさかくじら詩人として活動しながら小説を書き、芥川賞候補2回。1994–
- 桜井晴也さくらいはるや「世界泥棒」で第50回文藝賞。1985–
- 桜木紫乃さくらぎしのラブホテルを営む家に育ち、『ホテルローヤル』で第149回直木賞。北海道を書き続ける。1965–
- 紗倉まなさくらまな『春、死なん』『うつせみ』で野間文芸新人賞候補2回。1993–
- 佐藤厚志さとうあつし『荒地の家族』で第168回芥川賞。仙台の書店員として働きながら執筆。1982–
- 佐藤正午さとうしょうご『月の満ち欠け』で第157回直木賞。長崎県佐世保市に住み続けて執筆する。1955–
- 佐藤多佳子さとうたかこ『一瞬の風になれ』で本屋大賞、『明るい夜に出かけて』で第30回山本周五郎賞。1962–
- 佐藤智加さとうともか17歳で文藝賞優秀賞。『壊れるほど近くにある心臓』で第16回三島由紀夫賞候補。1983–
- 佐藤弘さとうひろし「真空が流れる」で第36回新潮新人賞。1980–
- 佐藤友哉さとうゆうや『1000の小説とバックベアード』で第20回三島由紀夫賞。当時26歳での受賞。1980–
- 佐藤洋二郎さとうようじろう『夏至祭』で第17回野間文芸新人賞。1949–
- 更地郊さらちこうデビュー作『粉瘤息子都落ち択』で第39回三島由紀夫賞候補。
- 澤大知さわだいち「眼球達磨式」で第58回文藝賞。贈呈式を前に急逝した。1996–2021
- 澤西祐典さわにしゆうてん大学院在学中に「フラミンゴの村」で第35回すばる文学賞。芥川龍之介の研究者。1986–
- 市街地ギャオしがいちぎゃおデビュー作「メメントラブドール」で第46回野間文芸新人賞候補。1993–
- 重松清しげまつきよし『ビタミンF』で第124回直木賞。家族と子どもを描く作品で読者を広げた。1963–
- しじまむらさきしじまむらさき「さそり座の火星」で第130回文學界新人賞。
- 篠原一しのはらはじめ17歳で文學界新人賞。『アイリーン』が第23回野間文芸新人賞候補。1976–
- 柴崎友香しばさきともか『春の庭』で第151回芥川賞。4度目の候補で受賞に至った。1973–
- 芝夏子しばなつこ「纏足とスニーカー」で第39回三島由紀夫賞候補。1974–
- 島口大樹しまぐちだいき「鳥がぼくらは祈り、」で群像新人文学賞。「オン・ザ・プラネット」で芥川賞候補。1998–
- 嶋津輝しまづてる『カフェーの帰り道』で第174回直木賞。40代から小説を書き始めた。1969–
- 島本理生しまもとりお『ファーストラヴ』で第159回直木賞。芥川賞候補4回を経ての受賞。1983–
- 清水博子しみずひろこ『処方箋』で第23回野間文芸新人賞。芥川賞候補2回。1968–2013
- 十文字実香じゅうもんじみか「狐寝入夢虜」で第47回群像新人文学賞。1974–
- 白石一文しらいしかずふみ『ほかならぬ人へ』で第142回直木賞。父・白石一郎に続く親子二代の受賞。1958–
- 白岩玄しらいわげん21歳の『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞。第132回芥川賞候補。1983–
- シリン・ネザマフィしりんねざまふぃイラン出身。日本語で書き、芥川賞候補2回。1979–
- 新庄耕しんじょうこう「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞。《地面師たち》。1983–
- 真藤順丈しんどうじゅんじょう『宝島』で第160回直木賞。米軍統治下の沖縄を描いた青春群像。1977–
- 末弘喜久すえひろよしひさ「塔」で第24回すばる文学賞。1956–
- 須賀ケイすがけい「わるもん」で第42回すばる文学賞。1990–
- 杉本裕孝すぎもとひろたか「ヴェジトピア」で文學界新人賞。「ピンク」で第43回野間文芸新人賞候補。
- 鈴木涼美すずきすずみ芥川賞候補3回。『ギフテッド』で小説家デビューした。1983–
- 鈴木清剛すずきせいごう『ロックンロールミシン』で第12回三島由紀夫賞。1970–
- 鈴木弘樹すずきひろき「グラウンド」で第126回芥川賞候補。1964–
- 鈴木結生すずきゆうい『ゲーテはすべてを言った』で第172回芥川賞。21世紀生まれ初の受賞者。2001–
- 鈴木善徳すずきよしのり「河童日誌」で第147回芥川賞候補。1974–
- 砂川文次すなかわぶんじ『ブラックボックス』で第166回芥川賞。元自衛官という経歴を持つ。1990–
- 墨谷渉すみたにわたる「潰玉」で第140回芥川賞候補。1972–
- 住野よるすみのよる『君の膵臓をたべたい』が第13回本屋大賞2位。生年・出身地は非公表。
- 諏訪哲史すわてつし『アサッテの人』で第137回芥川賞。群像新人文学賞との同年ダブル受賞。1969–
- 青来有一せいらいゆういち「聖水」で第124回芥川賞。長崎の被爆と信仰を書き続ける。1958–
- 瀬戸良枝せとよしえ「幻をなぐる」で第30回すばる文学賞。1978–
- 大道珠貴だいどうたまき「しょっぱいドライブ」で第128回芥川賞。3度目の候補での受賞だった。1966–
- 平安寿子たいらあすこコピーライターから小説へ。『グッドラックららばい』で第24回吉川英治文学新人賞候補。1953–
- 高尾長良たかおながら20歳で新潮新人賞を史上最年少受賞。医師として働きながら書き、芥川賞候補3回。1992–
- 髙樹のぶ子たかぎのぶこ『光抱く友よ』で芥川賞。恋愛小説の名手。1946–
- 高瀬隼子たかせじゅんこ『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞。職場の関係を食を通して描く。1988–
- 高瀬ちひろたかせちひろ科学警察研究所勤務を経て「踊るナマズ」で第29回すばる文学賞。1971–
- 高橋源一郎たかはしげんいちろう『さようなら、ギャングたち』でポストモダン文学を切り拓き、第1回三島賞・第48回谷崎賞。1951–
- 高橋弘希たかはしひろき『送り火』で第159回芥川賞。4度目の候補で受賞に至った。1979–
- 高橋文樹たかはしふみき「アウレリャーノがやってくる」で第39回新潮新人賞。父は直木賞作家の高橋義夫。1979–
- 高橋有機子たかはしゆきこ「恐竜たちは夏に祈る」で第47回新潮新人賞。1981–
- 髙橋陽子たかはしようこイラストレーター。「黄金の庭」で第36回すばる文学賞。1965–
- 高山羽根子たかやまはねこ『首里の馬』で第163回芥川賞。SF短編賞出身で、記憶と土地を主題に描く。1975–
- 滝口悠生たきぐちゆうしょう『死んでいない者』で第154回芥川賞。2回連続の候補を経ての受賞。1982–
- 高城修三たきしゅうぞう「榧の木祭り」で第9回新潮新人賞と第78回芥川賞を続けて受賞。1947–
- 田口賢司たぐちけんじ『メロウ』でドゥマゴ文学賞。第132回芥川賞候補。1961–
- 田口ランディたぐちらんでぃメールマガジンから出発した作家。直木賞候補3回。1959–
- 武田綾乃たけだあやの『愛されなくても別に』で2021年吉川英治文学新人賞。『響け!ユーフォニアム』の作者。1992–
- 竹中優子たけなかゆうこ歌人・詩人として活動し、「ダンス」で第172回芥川賞候補。1982–
- 嶽本野ばらたけもとのばら「乙女」の作家。三島由紀夫賞候補2回。1968–
- 田中慎弥たなかしんや5度目の候補で「共喰い」が第146回芥川賞。会見での「もらっといてやる」が話題になった。1972–
- 谷川直子たにがわなおこ「おしかくさま」で第49回文藝賞(同賞の女性最年長受賞)。1960–
- 谷崎由依たにざきゆい翻訳家でもある。『遠の眠りの』で第42回野間文芸新人賞候補。1978–
- 田村広済たむらひろずみ「レンファント」で第124回文學界新人賞。
- 田山朔美たやまさくみ「裏庭の穴」で第103回文學界新人賞。1966–
- 多和田葉子たわだようこ「犬婿入り」で第108回芥川賞、『容疑者の夜行列車』で第39回谷崎潤一郎賞。1960–
- 丹下健太たんげけんた「青色讃歌」で第44回文藝賞。1978–
- 崔実ちぇしる「ジニのパズル」で第59回群像新人文学賞。在日韓国人3世として朝鮮学校での経験を書いた。1985–
- 千頭ひなたちかみひなた「ダンボールボートで海岸」で第27回すばる文学賞。1972–
- 千葉雅也ちばまさや『デッドライン』で第41回野間文芸新人賞。哲学研究者として著作を持つ。1978–
- 千早茜ちはやあかね『しろがねの葉』で第168回直木賞。石見銀山を舞台に女の一生を描いた。1979–
- 辻原登つじはらのぼる「村の名前」で第103回芥川賞、『遊動亭円木』で第36回谷崎潤一郎賞。1945–
- 辻仁成つじひとなり「海峡の光」で第116回芥川賞。ミュージシャン・映画監督でもある。1959–
- 都築隆広つづきたかひろ「看板屋の恋」で第91回文學界新人賞。脚本・放送作家としても活動。1978–
- 津村記久子つむらきくこ『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞。働くことの手触りを書き続ける。1978–
- 津村節子つむらせつこ「玩具」で芥川賞。夫は吉村昭。1928–
- 鶴川健吉つるかわけんきち元行司。『すなまわり』で第149回芥川賞候補。1981–
- デビット・ゾペティでびっとぞぺてぃ『いちげんさん』で第20回すばる文学賞。芥川賞・三島賞候補。1962–
- 寺地はるなてらちはるな『水を縫う』で河合隼雄物語賞。山本周五郎賞候補2回、本屋大賞にもノミネート。1977–
- 寺村朋輝てらむらともき「死せる魂の幻想」で第45回群像新人文学賞。1980–
- 堂垣園江どうがきそのえ『ベラクルス』で第23回野間文芸新人賞。1960–
- 遠田潤子とおだじゅんこ『ミナミの春』で第16回山田風太郎賞。直木賞候補にも。1966–
- 遠野遥とおのはるか『破局』で第163回芥川賞。乾いた文体で若者の内面を描く。1991–
- 砥上裕將とがみひろまさ水墨画家。デビュー作『線は、僕を描く』が2020年本屋大賞3位。1984–
- 年森瑛としもりあきらデビュー作『N/A』で芥川賞と三島由紀夫賞の候補に。1994–
- 豊永浩平とよながこうへい『はくしむるち』で2026年三島由紀夫賞。沖縄を描く2003年生まれの作家。2003–
- 鳥山まこととりやままこと『時の家』で第174回芥川賞。一軒の家に刻まれた三代の記憶を描く。1992–
- 永井みみながいみみケアマネジャーとして働きながら『ミシンと金魚』ですばる文学賞。1965–
- 永方佑樹ながえゆうき詩を「行為」として展開する詩人。「字滑り」で第172回芥川賞候補。
- 中島たい子なかじまたいこ脚本家出身。芥川賞候補2回。1969–
- 長嶋有ながしまゆう「猛スピードで母は」で第126回芥川賞。『三の隣は五号室』で第52回谷崎潤一郎賞。俳人・漫画評論家でもある。1972–
- 長島有里枝ながしまゆりえ木村伊兵衛写真賞を受けた写真家。小説『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。1973–
- 中島らもなかじまらも『今夜、すべてのバーで』で第13回吉川英治文学新人賞。1952–2004
- 永田修矢ながたしゅうや「骨と鎖」で第69回群像新人文学賞。2003–
- 中西智佐乃なかにしちさの『橘の家』で2025年三島由紀夫賞。大阪文学学校を経てデビュー。1985–
- なかにし礼なかにしれい『長崎ぶらぶら節』で第122回直木賞。作詞家としても知られる。1938–2020
- 中納直子なかのなおこ「美しい私の顔」で第54回群像新人文学賞。1981–
- 中原昌也なかはらまさや『名もなき孤児たちの墓』で第28回野間文芸新人賞。音楽家・批評家としても活動する。1970–
- 中村航なかむらこう『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞。芥川賞候補2回。1969–
- 中村文則なかむらふみのり『土の中の子供』で第133回芥川賞。芥川賞は3度目の候補での受賞。1977–
- 中森明夫なかもりあきお「おたく」の名づけ親。『アナーキー・イン・ザ・JP』で第24回三島賞候補。1960–
- 中山可穂なかやまかほ『白い薔薇の淵まで』で第14回山本周五郎賞。1960–
- 中山咲なかやまさき高校3年で「ヘンリエッタ」により第43回文藝賞。1989–
- 中山智幸なかやまともゆき「空で歌う」で第138回芥川賞候補。1975–
- 中脇初枝なかわきはつえ17歳でデビュー。児童虐待や戦争孤児を描き、本屋大賞に2度上位入選。1974–
- 凪良ゆうなぎらゆう『流浪の月』『汝、星のごとく』で本屋大賞を2度受賞。1973–
- 夏石鈴子なついしすずこ元編集者。『家内安全』で第24回野間文芸新人賞候補。1963–
- 夏川草介なつかわそうすけ医師として働きながら『神様のカルテ』を書き、本屋大賞に3度ノミネート。1978–
- 夏木志朋なつきしほ『二木先生』で注目され、二作目『Nの逸脱』で第173回直木賞候補。1989–
- 夏目漱石なつめそうせき『吾輩は猫である』『こころ』。近代日本文学を代表する作家。1867–1916
- 西加奈子にしかなこ『サラバ!』で第152回直木賞。イランに生まれ、大阪で育った。1977–
- 西川美和にしかわみわ映画監督。自作を小説化し、直木賞候補2回・山本周五郎賞候補。1974–
- 仁科斂にしなれん「丹心」で第175回芥川賞候補。中国を舞台にした建築の物語を書いた。1994–
- 西村賢太にしむらけんた私小説を書き続け「苦役列車」で第144回芥川賞。藤澤清造に私淑した。1967–2022
- 二瓶哲也にへいてつや「最後のうるう年」で第115回文學界新人賞。1968–
- 沼田真佑ぬまたしんすけ『影裏』で第157回芥川賞。デビュー作での受賞。1978–
- 野中柊のなかひいらぎニューヨークでデビュー。芥川賞候補2回・三島賞候補3回。1964–
- 野々井透ののいとおるデビュー作『棕櫚を燃やす』で第36回三島由紀夫賞候補。1979–
- 乗代雄介のりしろゆうすけ『旅する練習』で2021年三島由紀夫賞。芥川賞候補の常連でもある。1986–
- 法月ゆりのりづきゆり芥川賞候補2回。1963–
- 萩原亨はぎわらとおる「蚤の心臓ファンクラブ」で第44回群像新人文学賞。1972–
- 橋本紡はしもとつむぐライトノベルから一般文芸へ。『もうすぐ』で第22回山本周五郎賞候補。1967–
- 蓮實重彦はすみしげひこ映画批評家・フランス文学者で東京大学第26代総長。80歳の『伯爵夫人』で第29回三島由紀夫賞。1936–
- 馳平啓樹はせひらひろき「きんのじ」で第113回文學界新人賞。1979–
- 羽田圭介はだけいすけ『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞。17歳で文藝賞を最年少受賞。1985–
- 畠山丑雄はたけやまうしお『叫び』で第174回芥川賞。昭和と令和を往復する恋愛政治小説。1992–
- 畑野智美はたのともみ青春小説の書き手。吉川英治文学新人賞候補2回。1979–
- 波多野陸はたのりく「鶏が鳴く」で第56回群像新人文学賞。1990–
- 旗原理沙子はたはらりさこ「私は無人島」で第129回文學界新人賞。1987–
- 蜂飼耳はちかいみみ詩人・エッセイスト。『紅水晶』で第30回野間文芸新人賞候補。1974–
- 服部文祥はっとりぶんしょう登山家・サバイバル登山の書き手。『息子と狩猟に』で第31回三島由紀夫賞候補。1969–
- 濱田順子はまだよりこ「Tiny,tiny」で第36回文藝賞、第122回芥川賞候補。1974–
- 早川大介はやかわだいすけ「ジャイロ!」で第45回群像新人文学賞。1977–
- 原田ひ香はらだひか『三千円の使いかた』などの生活小説で読者を広げ、第175回直木賞候補。1970–
- 原田マハはらだまは美術を主題に書く。『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞。直木賞候補4回。1962–
- 春見朔子はるみさくこ薬剤師。「そういう生き物」で第40回すばる文学賞。1983–
- 日上秀之ひかみひでゆき「はんぷくするもの」で第55回文藝賞。1981–
- 樋口直哉ひぐちなおや料理人でもある作家。『さよなら アメリカ』で第133回芥川賞候補。1981–
- 樋口六華ひぐちりっか17歳で「泡の子」により第48回すばる文学賞。2007–
- ピスケンぴすけん『バーストデイズ』が第22回野間文芸新人賞候補。1964–
- 日比野コレコひびのこれこ19歳で文藝賞を受賞。「たえまない光の足し算」で第173回芥川賞候補。2003–
- 姫野カオルコひめのかおるこ『昭和の犬』で第150回直木賞。5度目の候補で受賞に至った。1958–
- 平出隆ひらいでたかし詩人。『猫の客』で第15回三島由紀夫賞候補、世界各国で翻訳された。1950–
- 平岡陽明ひらおかようめい『ロス男』で第41回吉川英治文学新人賞候補。1977–
- 平沢逸ひらさわいつ「点滅するものの革命」で第65回群像新人文学賞に当選。1994–
- 平野啓一郎ひらのけいいちろう『日蝕』で第120回芥川賞。『ある男』は2019年本屋大賞5位。1975–
- 広小路尚祈ひろこうじなおき10以上の職を経てデビュー。芥川賞候補2回。1972–
- 日和聡子ひわさとこ詩を主軸に小説も書く。中原中也賞・萩原朔太郎賞と、『螺法四千年記』で第34回野間文芸新人賞。1974–
- ピンク地底人3号ぴんくちていじん3ごう劇作家・演出家。初の小説「カンザキさん」で第47回野間文芸新人賞。1982–
- 福永信ふくながしん現代美術に接続する実験的な小説。三島賞・野間新人賞候補。1972–
- 藤岡陽子ふじおかようこ『リラの花咲くけものみち』で2024年吉川英治文学新人賞。看護師でもある。1971–
- 藤崎彩織ふじさきさおりSEKAI NO OWARI の Saori。『ふたご』で第158回直木賞候補。1986–
- 藤代泉ふじしろいずみ『ボーダー&レス』で第142回芥川賞候補。1982–
- 藤谷治ふじたにおさむ下北沢で書店を営みながら書く。『船に乗れ!』で第7回本屋大賞7位。1963–
- 藤野可織ふじのかおり『爪と目』で第149回芥川賞。不穏な日常を描く。1980–
- 藤野千夜ふじのちや「夏の約束」で第122回芥川賞、『おしゃべり怪談』で第20回野間文芸新人賞。1962–
- 伏見憲明ふしみのりあきゲイ・ムーブメントの論客。『魔女の息子』で第40回文藝賞を受け小説家としてもデビュー。1963–
- 藤原無雨ふじわらむうデビュー作『水と礫』で第34回三島由紀夫賞候補。1987–
- 冬島いのりふゆしまいのり「夏蚕の翅」で第69回群像新人文学賞。2005–
- 古市憲寿ふるいちのりとし社会学者。『平成くん、さようなら』『百の夜は跳ねて』で2回続けて芥川賞候補。1985–
- 古川日出男ふるかわひでお『LOVE』で第19回三島由紀夫賞、『女たち三百人の裏切りの書』で第37回野間文芸新人賞。朗読劇も手がける。1966–
- 古川真人ふるかわまこと『背高泡立草』で第162回芥川賞。4度目の候補で受賞に至った。1988–
- 北条裕子ほうじょうゆうこ「美しい顔」で第61回群像新人文学賞。同作は芥川賞候補にもなった。1985–
- 保坂和志ほさかかずし「この人の閾」で第113回芥川賞。出来事の起こらない時間そのものを書く。1956–
- 星野智幸ほしのともゆき『焰』で第54回谷崎潤一郎賞。三島賞・野間文芸新人賞も受賞している。1965–
- 穂田川洋山ほだがわようざん文學界新人賞からの2作で芥川賞候補2回。
- 堀江敏幸ほりえとしゆき「熊の敷石」で第124回芥川賞。フランス文学者としても知られる。1964–
- 舞城王太郎まいじょうおうたろう覆面作家。『阿修羅ガール』で第16回三島由紀夫賞。芥川賞候補4回。1973–
- 前川ほまれまえかわほまれ看護師として働きながら書き、『藍色時刻の君たちは』で第14回山田風太郎賞。1986–
- 前田司郎まえだしろう『夏の水の半魚人』で第22回三島由紀夫賞。劇団「五反田団」主宰。1977–
- 前田隆壱まえだりゅういちアフリカをオートバイで旅した経験から「アフリカ鯰」。第117回文學界新人賞。1966–
- 蒔岡雪子まきおかゆきこ「飴玉が三つ」で第94回文學界新人賞。1957–
- 万城目学まきめまなぶ『八月の御所グラウンド』で第170回直木賞。京都・関西を舞台にした作品で知られる。1976–
- 又吉直樹またよしなおき『火花』で第153回芥川賞。お笑い芸人としても活動する。1980–
- 待川匙まちかわさじデビュー作『光のそこで白くねむる』で第38回三島由紀夫賞候補。1993–
- 町田康まちだこうパンクバンドINUの町田町蔵から小説家へ。「きれぎれ」で第123回芥川賞。1962–
- 町田そのこまちだそのこ『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞。北九州市文化大使も務める。1980–
- 町屋良平まちやりょうへい『1R1分34秒』で第160回芥川賞。ボクシングを題材に身体感覚を描く。1983–
- 松家仁之まついえまさし新潮社の元編集者。53歳の『火山のふもとで』で読売文学賞。1958–
- 松井雪子まついゆきこ漫画家から小説へ。芥川賞候補4回。1967–
- 松浦寿輝まつうらひさき詩・小説・批評を横断し、芥川賞・三島賞・谷崎賞を受賞。『名誉と恍惚』で第53回谷崎潤一郎賞。1954–
- 松尾スズキまつおすずき劇作家・演出家。『もう「はい」としか言えない』で第159回芥川賞候補。1962–
- 松尾依子まつおよりこ「子守唄しか聞こえない」で第51回群像新人文学賞。1984–
- 松田青子まつだあおこ翻訳も手がける小説家。『スタッキング可能』で三島賞・野間新人賞候補。1979–
- 松田いりのまつだいりの初投稿作「ハイパーたいくつ」で第61回文藝賞。1991–
- 松永K三蔵まつながけーさんぞう『バリ山行』で第171回芥川賞。芥川賞史上初の山岳小説の受賞作。1980–
- 松波太郎まつなみたろう芥川賞候補3回を経て『LIFE』で第36回野間文芸新人賞。のち治療院を開いた。1982–
- 間宮改衣まみやかい『ここはすべての夜明けまえ』でデビューし、三島由紀夫賞候補2回。1992–
- 丸岡大介まるおかだいすけ「カメレオン狂のための戦争学習帳」で第52回群像新人文学賞。1980–
- 三浦しをんみうらしをん29歳で第135回直木賞。辞書編集を描いた『舟を編む』で第9回本屋大賞。1976–
- 三木卓みきたく詩人として出発し、「鶸」で第69回芥川賞、『路地』で谷崎潤一郎賞。1935–2023
- 三木三奈みきみなデビュー作「アキちゃん」と「アイスネルワイゼン」で芥川賞候補2回。1991–
- 三国美千子みくにみちこ『いかれころ』で第32回三島由紀夫賞。南河内の一族を四歳の視点から描いた。1978–
- 水原涼みずはらりょう「甘露」で第145回芥川賞候補。当時は北海道大学在学中。1989–
- 水村美苗みずむらみなえ『私小説 from left to right』で第17回野間文芸新人賞。1951–
- 三羽省吾みつばしょうご働く人々の閉塞を描く。吉川英治文学新人賞候補2回。1968–
- 三並夏みなみなつ15歳で「平成マシンガンズ」により第42回文藝賞。同賞の史上最年少受賞。1990–
- 宮内勝典みやうちかつすけ『金色の象』で第3回野間文芸新人賞。1944–
- 宮内悠介みやうちゆうすけ『カブールの園』で第30回三島由紀夫賞、同年に第38回吉川英治文学新人賞。SF・純文学・ミステリを横断する。1979–
- 宮崎誉子みやざきたかこ『少女@ロボット』で三島賞・野間文芸新人賞候補。1972–
- 宮沢章夫みやざわあきお『サーチエンジン・システムクラッシュ』で芥川賞・三島賞候補。劇作家・演出家。1956–2022
- 宮下奈都みやしたなつピアノ調律師を描いた『羊と鋼の森』で第13回本屋大賞。1967–
- 宮下遼みやしたりょうトルコ文学研究者。「青痣」で第32回三島由紀夫賞・第41回野間文芸新人賞候補。1981–
- 宮島未奈みやじまみな『成瀬は天下を取りにいく』で2024年本屋大賞。滋賀県大津市を舞台にした連作。1983–
- 宮本輝みやもとてる『螢川』で第78回芥川賞。『泥の河』『錦繍』『優駿』、自伝的大河小説「流転の海」全9部の作家。1947–
- 三輪太郎みわたろう三島由紀夫・村上春樹研究の批評家にして小説家。『憂国者たち』で三島賞候補。1962–
- 村上春樹むらかみはるき『ノルウェイの森』『1Q84』。世界各国で翻訳される現代日本文学の代表格。1949–
- 村上龍むらかみりゅう『限りなく透明に近いブルー』で第75回芥川賞。『共生虫』で第36回谷崎潤一郎賞。1952–
- 村雲菜月むらくもなつき「もぬけの考察」で第66回群像新人文学賞に当選。1994–
- 村司侑むらしゆうデビュー作「ソリティアおじさんがいた頃」で第175回芥川賞候補。1979–
- 村田喜代子むらたきよこ『飛族』で第55回谷崎潤一郎賞。『鍋の中』で芥川賞を受賞している。1945–
- 村田沙耶香むらたさやか『コンビニ人間』で第155回芥川賞。世界各国で翻訳され「普通」を問い直した。1979–
- 村山由佳むらやまゆか『星々の舟』で第129回直木賞。恋愛小説の書き手として知られる。1964–
- 目取真俊めどるましゅん「水滴」で芥川賞。沖縄戦の記憶と沖縄の風土を書く。1960–
- 本谷有希子もとやゆきこ『異類婚姻譚』で第154回芥川賞。劇作家・演出家としても活動する。1979–
- モブ・ノリオもぶのりお「介護入門」で第131回芥川賞。ヒップホップの語り口で祖母の介護を書いた。1970–
- 森絵都もりえと児童文学から一般文芸へ。『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞。1968–
- 森健もりけん「火薬と愛の星」で第46回群像新人文学賞。1973–
- 諸隈元もろくまげん「熊の結婚」で第118回文學界新人賞。1978–
- 八木詠美やぎえみ『空芯手帳』で太宰治賞。「アンチ・グッドモーニング」で第175回芥川賞候補。1988–
- 安戸悠太やすとゆうた「おひるのたびにさようなら」で第45回文藝賞。1984–
- 山内令南やまうちれいなん「癌だましい」で第112回文學界新人賞。受賞の直後に病没。1958–2011
- 山岡ミヤやまおかみや『光点』で第41回すばる文学賞。詩人。1985–
- 山崎ナオコーラやまざきなおこーら『人のセックスを笑うな』でデビュー。芥川賞候補5回・野間文芸新人賞候補4回。1978–
- 山下澄人やましたすみと『しんせかい』で第156回芥川賞。劇作家・演出家・俳優としても活動する。1966–
- 山下紘加やましたひろか21歳で文藝賞。「あくてえ」で第167回芥川賞候補。1994–
- 山田深夜やまだしんや元私鉄社員。『電車屋赤城』で第29回吉川英治文学新人賞候補。1961–
- 山野辺太郎やまのべたろう『いつか深い穴に落ちるまで』で第55回文藝賞。1975–
- 山本文緒やまもとふみお『プラナリア』で直木賞。晩年の『自転しながら公転する』が本屋大賞5位。1962–2021
- 楊逸やんいー『時が滲む朝』で第139回芥川賞。日本語を母語としない作家として史上初の受賞。1964–
- 柳美里ゆうみり「家族シネマ」で第116回芥川賞。劇作家としても活動。1968–
- 柚木麻子ゆずきあさこ『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞と高校生直木賞。直木賞候補6回。『BUTTER』は英国でも評価された。1981–
- 由真直人ゆまなおと「ハンゴンタン」で第97回文學界新人賞。1976–
- 夢野寧子ゆめのねいこ「ジューンドロップ」で第66回群像新人文学賞に当選。1986–
- 湯本香樹実ゆもとかずみ『夏の庭』の作家。『西日の町』で第24回野間文芸新人賞候補。1959–
- 横田創よこたはじめ『裸のカフェ』で第15回三島由紀夫賞候補。1970–
- 横山悠太よこやまゆうた日中のあいだの言葉を書く。「吾輩ハ猫ニナル」で第57回群像新人文学賞、第151回芥川賞候補。1981–
- 吉井磨弥よしいまや「七月のばか」で第146回芥川賞候補。1978–
- 吉川トリコよしかわとりこ『余命一年、男をかう』で島清恋愛文学賞。『あわのまにまに』で山本周五郎賞候補。1977–
- 吉田修一よしだしゅういち「パーク・ライフ」で第127回芥川賞、『パレード』で第15回山本周五郎賞。純文学と大衆文学を同年に受けた。1968–
- 吉田直美よしだなおみ「ポータブル・パレード」で第38回新潮新人賞。1979–
- 吉原清隆よしはらきよたか「不正な処理」で第140回芥川賞候補。1970–
- 吉村萬壱よしむらまんいち「ハリガネムシ」で第129回芥川賞。身体の崩壊を執拗に描く。1961–
- 吉本ばななよしもとばなな『キッチン』でデビューし、世界で読まれる。『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞。1964–
- 四元康祐よつもとやすひろ詩人。『前立腺歌日記』で第41回野間文芸新人賞候補。1959–
- 米田夕歌里よねだゆかり「トロンプルイユの星」で第34回すばる文学賞。1980–
- 李琴峰りことみ『彼岸花が咲く島』で第165回芥川賞。日本語と中国語の二言語で執筆する。1989–
- リリー・フランキーりりーふらんきー『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で2006年本屋大賞。1963–
- 若合春侑わかいすう『海馬の助走』で第24回野間文芸新人賞。芥川賞候補3回。1958–
- 若竹千佐子わかたけちさこ『おらおらでひとりいぐも』で第158回芥川賞。63歳でのデビュー作が受賞。1954–
- 若林正恭わかばやしまさやすお笑いコンビ「オードリー」として活動しながら、初の小説『青天』で第175回直木賞候補。1978–
- 渡辺勝也わたなべかつや「人生のアルバム」で第121回文學界新人賞。
- 渡辺優わたなべゆう『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞。『女王様の電話番』で第174回直木賞候補。1987–
- 綿矢りさわたやりさ「蹴りたい背中」で第130回芥川賞。19歳での受賞は史上最年少。1984–
- 和田ゆりえわだゆりえ「鏡の森」で第128回芥川賞候補。